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【jumelleの双子生活9】育児編:怒涛の双子育児!最大の山場は0ヶ月!?

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「もう少しいてもいいのよ〜」

退院する2・3日前のこの申し出を素直に受けなかった自分を後になってひどく悔やみました。帝王切開での入院は7日間、そろそろ私も入院生活に慣れて…どころか退屈すぎて外の空気を吸いたい時期でした。
おっぱいはなんとかあげられるようになったし、ミルクもきっと大丈夫。沐浴指導も受けたし、オムツもなんとかなりそう。ダンナは無給とはいえ育休とってくれたし、もういいじゃない。あとはゆっくり自宅で誰にも気兼ねすることなく生活したい。

そう思って

いえ、結構です。予定通りに退院します(キリッ)

と言った私、甘い、甘いぞー!双子育児を完全に侮ってました。

退院当日、ダンナに持ってきてもらったレンタル横抱き抱っこ紐で子供達を抱っこして、お会計を済ませ(直接支払制度で領収書受け取りのみ)、予約したタクシーでゆっくり家に戻りました。

久しぶりの我が家。そこに新たに2名加わり、これから新しい生活が始まるぞー!と意気込んだのは最初のみ。
帰宅後一週間を過ぎた頃にはすでに両親とも壊れていました。

記憶のない1ヶ月

退院してからのことを詳細に書いておけばよかったのでしょうが、当時そんな余裕はありませんでした。書いていたのはミルクとオムツの記録のみ。この画像は生後20日と21日目の2人分の記録です(記号Mはミルク、隣の数字はml、LとRはおっぱいの左右、欄外にぐずりの時間)。見ての通り寝ても覚めても双子の世話ばかり。慣れてないし、夜中に泣き止まないのはどうしたらいいかわからないし、オムツは替えたと思ったらまた替えないといけないし…。と、目まぐるしい日々でした。

泣き声に被害妄想

今でこそ新生児の泣き声なんて小さくてホニャホニャしてて可愛い〜って思えますが、当時はその声が聞こえてくるだけで自分のダメ親っぷりを責められてるような精神的拷問の様に感じました。何やっても泣き止まないんですもの。二人同時に泣かれると2倍辛く感じ、交互に泣かれてももっとクるのです。正に八方塞がり。しかもこの時期は寝るか飲むか泣くかしかしません。機嫌よく起きてることが稀に感じました。機嫌が良いといっても泣いてないだけで無表情ですからね。笑うのはまだ先、わかってても辛いのです。

そして退院直後から始まった「夜泣き」(一人のみ)。日本ではたそがれ泣きと同じように生後数ヶ月から始まる、としか情報がなかったのですが、我が子は退院直後から始まったのです。どこかおかしいんじゃないかとオタオタする私の代わりにダンナがフランス語で検索すると、生後すぐから始まるコリックという症状を発見。12週頃まで続く、とありました。昼夜問わず泣く赤ちゃんを前に、なぜそんな小さな体にそれだけの体力があるのか、と途方にくれました。

上下両隣のお家に出産の挨拶に行った時に、子供の泣き声がうるさいかもしれません、と断りを入れたのですが、みなさん「全然聞こえませんよ〜」と口を揃えて言ってくれました。
それでも本当はうるさいけど気を使ってそう言ってくださってるだけなんだ、と疑心暗鬼になっていました。
実際は新生児の声なんて小さいので本当に聞こえてないし、聞こえても「あー元気だなぁ」と和むんですよね。当時は耳がとても敏感になっていました。

まさかのイクメン早すぎる戦線離脱

ダンナは最初こそ力になり、夜のお世話を任せたこともありましたが、昼夜問わず精神的に参る状況に耐えられない人だったので、一週間も経たないうちに使い物にならなくなり、しょっちゅう買い出しという名の現実逃避へ出かけていきました。
私もお昼のお世話でかなり限界がきてましたが、夜中も私が担当することになりました。グロッキーな人が無理しすぎて取り返しのつかないことをしてしまうよりもマシだと思ったのです。

虐待寸前まで追いつめられる

恐ろしいことにこの状態が続くと虐待してしまう人の気持ちがわかってしまうのです。具体的な思考は割愛しますが、とにかく人間限界がくると正常なものの考え方ができなくなるんですね。そんな自分に驚き、恐ろしくなりました。

こういう考えを行動におこさない理性があるうちに手を打たないといけません。

当時はこんな辛い日々、忘れられないだろうと思っていたのですが、実はこの辺りの記憶がほぼないんです。追い詰められた気持ちの記憶はありますが、実際何があったかなんて覚えてません。きっと人間の防衛本能だろうなと思います(もしくは常に寝不足で頭が記録できなかったとか)。

どん底まで落ちてようやく周りに助けを求めた

追い詰められた私たちがとった行動は以下の通りです。

1:義母を呼び寄せる

これ以上新米親2人ではどうにもならない状況だったので、落ち着いてから来日予定だった義家族のうち、義母だけでもできるだけ早めに来てもらうようにしました(実母は他界しているので)。
記録では生後22日目に来てもらってるので、退院してから2週間とたたないうちに生活が破綻していたと思われます。

義母は家に着くなり

義母
育児忘れちゃった!(ノ≧ڡ≦)テヘペロ
と言って外国で勝手がわからないにも関わらず、自らすすんで家事担当になってくれました。
当初は、育児も手伝ってくれたら私も少しは子供から手が離れて楽になるのに!という甘い期待があったのでその言葉に一瞬イラッとしましたが、後でそう言って(やって)もらえて、育児については私のやり方のサポートをするだけに留まってくれたことが大正解だったと知りました。
ダンナも自分の母が来たことで精神的に安定し、閉塞してた家の風通しが良くなりました。

2:地域のサポートを利用する

義両親に連絡をとったと同時に、地域の育児サポートにも連絡して来てもらうよう手はずを整えました。来ていただいた方は育児が一段落した方で、昼間に家事を2時間ほどお願いしました。簡単な料理を作りながら教えてもらったり、掃除、特に掃除機をかけても赤ちゃんは大丈夫だよ、とベテランママさんに教えてもらったことで、静かな環境にしておかないといけないという思い込みが解けて随分と楽になりました。
結局義母が早く到着したので、サポートを利用したのは2回ほどでした。

赤ちゃんが大きくなったらファミサポの利用も考えていました。

核家族で孤立した子育てになりがちな今の時代、ママが困ったときに子どもを預かってくれる存在がほしくないですか?そんな時は地域のファミリーサポートサービスを利用してみましょう。長男ハル(13歳)長女ナツ(10歳)次女フユ(8歳)次男アキ(5歳)の四人兄弟を抱える母MiOがお送りします。

3:ベビーシッターを派遣してもらう

夜間に睡眠が取れないことがかなりきつかったのですが、夜通し頼める地域サポートはありません。
ネットで調べるとベビーシッターの会社を見つけました。
さすがにお高いんですが、背に腹はかえられません。幸い登録料無料などの期間限定割引があったので一度だけお願いしたことがあります。

結果としては自分たちが同じ家にいるとはいえ、寝てる間知らない人に赤ちゃんを預けるのに想像以上の抵抗があった上に、泣いて困らせるんじゃないかと本末転倒な気が張ってしまい、結局思った通り眠れず、自分たちにシッターさん依頼は向いてないなと思い知りました。

そしてこういう時に限って子供達はぐっすり寝て起きないんですよね(苦笑)
シッターさんも「良い子でしたねー」といつもの惨状を知ることなく夜が明けてしまいました。

4:産院に電話

初めての赤ちゃん育児です。知らないことだらけです。おっぱいを飲まない、泣き止まない、うんちがの色が変だ等々疑問や質問がいっぱい。出産前から育児書を読み込んでいてもいざ本物の赤ちゃんを目の当たりにすると当てはまらないことばかり。

最初は手っ取り早くネットで症状を調べようとしましたが、でてくるのは不安を煽る記事ばかり。普段は極端な話を書いてるのだろうと気にならない記事でも、この追い詰められた状況下においてはますます不安になるばかりでした。

育児相談に電話しても「うんうん、そういうこともあるの。大丈夫よー」と具体的な対処法を語らず、終始相槌をうつだけに止まってたので、埒があかないと逆にイライラしていました。
(きっと私と話した人がこうだっただけなんだと思います)

そんな時にダンナが「この子達を知ってる産院に連絡した方がいいんじゃないか」と言ってくれたことで、ハッと気づき、迷惑かも…と思いながらも電話してみました。
すると「双子ちゃんの様子、気になってたのよー」と優しく話を聞いて的確なアドバイスをくれました。子供達や私を知っている、そして様々な新生児達と日々向き合っている、いわば赤ちゃんのエキスパートと話しているという安心感があり、ようやく落ち着くことができました。その後も何度か電話をいただいて本当に支えていただきました。

先輩双子ママさんの言葉に救われる

先輩双子ママ
「死なんかったらえぇねん」

名言です。それを聞いて憑き物が取れたかのように楽になりました。

当時子育てはこうでなくてはいけないと凝り固まって、寝ない・飲まない・泣き止まない+育児書通りにならないことに自分を責めたり嘆いたりしてました。

そんな時にかけてもらった極論にも思えるこの言葉。

でもそうなんです、死ななかったらいいんです。
暫く泣きやまなくても思い通りに飲まなくても死にはしない。泣き疲れたら寝るし、お腹が空いたら飲みます (そう思い至るまでが難しいけど)。
ましてや家事をおろそかにしたところで誰も死ぬわけじゃなし。
さすがにぐったりしたり、あからさまにおかしな症状がでたら即病院へ駆けつけないといけませんが、そうでなければ大丈夫。
足元しか見えてなかった視界が一気に広がった気がしました。

これは同じ境遇を乗り越え、引き続き立派に双子を育てているママさんの言葉だったからこそ自分に大きく響いたんだと思います。

ここから私流のハードルを最大限に引き下げた「子供にも自分にも優しい手抜き育児」が始まりました。

 

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